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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5899号 判決 1973年3月30日

甲事件原告(乙事件被告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 小林孝二郎

甲事件被告 乙山一郎

甲事件被告(乙事件原告) 乙山春子

甲事件被告 乙山二郎

<ほか二名>

右被告ら五名訴訟代理人弁護士 松本憲吉

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、被告乙山一郎、同乙山二郎、同乙山三郎、同丙川夏子はそれぞれ持分六分の一、同乙山春子は持分六分の二について各所有権移転登記手続をせよ。

二  被告らは原告に対し、被告乙山一郎、同乙山二郎、同乙山三郎、同丙川夏子はそれぞれ金四三、六一六円、被告乙山春子は金八七、二三二円と、これらに対する昭和四六年六月二八日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を各支払え。

三  被告乙山春子の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

五  第二項について仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  所有権移転登記請求について

(1)  太郎が昭和四五年一月一一日死亡し、被告らが原告主張の割合をもって同人の権利義務一切を相続したこと、及び本件土地について原告主張の日に右割合により被告ら共有名義に所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争いがない。

(2)  ≪証拠省略≫によれば、昭和三三年八月二日太郎が原告に対し本件土地を代金二八万円で売渡す旨売買契約を結んだこと及び原告はその後右代金を完済したことが認められる。

(3)  そこで被告らの抗弁1について判断するに、≪証拠省略≫によれば、被告乙山春子、同乙山一郎は、前記売買の事実を記載した甲第一号証の誓約書をその頃太郎から見せられておらず、春子が本件土地の売買の事実を知ったのは昭和三三年八月から約半年位経た後であり、それも訴外乙山正夫の妻から偶然に聞いて知ったものであること、また、被告乙山一郎が本件土地の売買の事実を知ったのは太郎の死亡した昭和四五年一月一一日の後であったこと等が認められる。従って右事実によると、右誓約書は、これを太郎が被告春子らに示して同人らを欺むく意図のもとに作成したものとみることには疑問があり、その他右誓約書の作成即ち前記売買契約が通謀虚偽の意思表示によるものであることを認めるに足る証拠はない。右抗弁は理由がない。

(4)  つぎに抗弁2について判断するに、≪証拠省略≫中に、太郎が春子の意見をきき、本件土地に代えて東京電力株式会社株券及び城南信用金庫出資金及び相模原所在の土地を原告に譲渡し、前記本件土地譲渡契約を解消したとの部分があるが、これら≪証拠省略≫はにわかに措信し難く、ほかに被告らの右抗弁事実を認定するに足る証拠はない。

かえって、≪証拠省略≫によれば、原告は太郎に対し、昭和三九年二月に金四〇万円、同年三月に金三〇万円を貸していたこと、しかし太郎は右借入金を約束通り弁済しなかったため、原告が強硬に返済を迫ったところ、太郎はその後右各借入金の弁済に代えて、昭和四〇年頃東京電力株式会社株券約六〇〇株及び城南信用金庫出資金五〇万円を原告に譲渡したことが認められる。従って右株券及び出資金の譲渡をもって本件土地についての売買契約が解消されたとみることはできず被告らの抗弁2は理由がない。

(5)  以上の事実によると原告の被告らに対する本件土地についての所有権移転登記手続請求は理由がある。

二  事務管理費用償還請求について

(1)  本件土地(分筆前)がもと訴外坂井武彦の所有であったこと、被告らが太郎の相続人として訴外坂井に対し、右土地について所有権移転登記手続請求の訴を提起したこと、その結果訴外坂井は被告らに対し前記相続分の割合に従って右土地につき所有権移転登記手続をする旨の和解が成立したこと、その後原告によって右土地につき訴外坂井より被告らに対する右の如き内容の所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。

(2)  ≪証拠省略≫を総合すると、本件分筆前の土地(東京都大田区東雪谷二丁目一二九番宅地二六一・一五平方メートル)はもと訴外坂井の所有であり、昭和二二、三年頃太郎が買受けついで前記認定の如くそのうち本件土地部分を太郎より原告が買受けたものであるが、各所有権移転登記手続をしないうちに太郎は死亡したこと、ところが被告らは右土地所有権を、法定相続分に従って相続したとして訴外坂井に対し所有権移転登記手続を求め、その結果前記の如く和解が成立したこと、しかし右土地のうち本件土地部分は原告が買受けていたものであるから、その部分については被告らと所有権の帰属について争いとなり、そのため原告は被告らを相手方として前記土地につき処分禁止の仮処分申請をしその旨仮処分命令を得たこと、しかし訴外坂井より被告らに対する所有権移転登記手続が未了であったため、原告は前記仮処分命令による仮処分記入登記請求権を代位原因とし、被告らに代位して、被告らの訴外坂井に対する前記和解に基づく所有権移転登記請求権を行使し、被告らに対し登記簿上共有名義を得させる目的で被告らのために、東京法務局大森出張所昭和四六年二月一八日受付第六一八六号をもって、前記土地全部について所有権移転登記手続をし、登録税二五六、七〇〇円、司法書士に対する報酬五、〇〇〇円合計二六一、七〇〇円を支出したこと、そしてその後右土地より本件土地部分(一二六・四六平方メートル)を分筆して一二九番二とし、右本件土地について前記仮処分命令を登記簿に記入したこと等が認められる。

(3)  右事実によると、原告は被告らに対する本件土地についての処分禁止の仮処分命令を執行するために、債権者代位権に基づき、分筆前の土地全部について被告らのために相続を原因とする所有権移転登記手続をし、分筆の上本件土地部分について前記仮処分の記入登記をしたものであり、右所有権移転登記手続費用は、仮処分を執行するための必要なる執行費用に入るものというべきである。

ところで処分禁止の仮処分の執行費用は、債務者の負担すべきもの(民訴法第七五六条、第七四八条、第五五四条)ではあるが本執行と同時に取立てることができないものであるから、訴訟費用に準じ仮処分債権者は、執行裁判所に対し執行費用額確定申立をし、同確定決定を得た上これを債務名義として債務者より取立てる必要がある。そしてこのように簡易且つ特別の手続が規定されている以上これによるべきであり、債権者は執行費用の支払を求める訴を提起する必要がなく特段の事情がない限り、執行費用の支払を求める訴の利益を欠くものと解される。しかし、右執行費用が、一方で実体法上の請求権の内容をなしている場合、例えば訴訟法上執行費用として取立てることができる反面同時に右費用が不法行為に基づく損害や事務管理による費用に該当する場合は、債権者は、右実体法上の理由によって右費用額の支払を求める訴を提起することができるものと解するのが相当である。

本件において原告は債権者代位権に基づき、被告らの有する訴外坂井に対する所有権移転登記請求権を代位行使したものであるが、債権者代位は、債権者が自己の債権を保全するため債務者に属する権利を自己の名において行使するものであり、その目的は債権者の債権確保にあり、従って債務者の意思に反しても行うことができる点で、専ら債務者の利益のためになされる事務管理とは若干異なる点があるが、契約その他の意思表示に因らずに他人の権利を行使する点において事務管理に類似する面があり、債権者代位権が行われるとその効果は債務者についても生じ、結局は債権者の満足を目的とするものではあっても、自己の債務の弁済が図られるという利益を考慮すれば、効果の面でも同様のことがいえる。従ってこのようにみると、債権者が適法に債権者代位によって債務者の権利を行使したときは、そのために債権者が要した必要費用は、事務管理に準じ債務者にその償還を請求することができるものといわねばならない。そしてその場合法が債務者の意思如何に拘わらず債権者に代位権能を付与している趣旨に照らせば、債務者の意に反した代位が行われた場合でもその費用償還の範囲は、現に利益を受けた限度に止まらず、必要な費用であればその全額に及ぶものと解すべきである。

従って原告は、右仮処分執行費用について、実体法上事務管理費用に該当するとして、被告らにその債還請求をすることができる。

(4)  被告らは本件分筆前の土地については遺産分割協議が成立しているからその分割協議とは異なる法定相続分に従った本件所有権移転登記は、被告らの利益に反する旨主張する。しかしながら前記認定によれば被告らは右の如き協議に拘らず訴外坂井に対し右土地について、法定相続分の割合に従って所有権移転登記手続請求の訴を提起し、その旨の和解を成立させていることが明らかであるから、原告がなした債権者代位による本件所有権移転登記は右被告らの訴提起及び和解の趣旨に沿うものであり、債権者代位権の行使は適法なものといわねばならない。被告らの右主張は理由がない。

(5)  以上によると被告らに対する事務管理費用償還請求は、理由がある。

三  慰藉料請求について

(1)  太郎と原告とは長い間同棲生活を続け所謂二号関係にあったこと、及びその間右太郎は被告春子の家に居住していなかったことは当事者間に争いがない。

(2)  ≪証拠省略≫を総合すると、太郎と原告との間に肉体関係が生じたのは、昭和一三、四年頃からであり、両者が同棲生活に入ったのは、太郎の家族が福島に疎開した後の昭和一九年頃からであったこと、太郎と原告との間の同棲生活は戦後もずっと続けられていたこと、その間被告春子は疎開中から戦後に至っても太郎から給料を受け取っておらず、行商、農業手伝、内職等をなして生活をしてきたこと等が認められる。以上の事実によると、被告春子は原告と太郎との同棲生活により長年月に亘って太郎の妻としての権利を侵害され、長年月に亘って子供達の養育と教育の負担、生活上の労苦をしいられてきたものというべきであるから、右は原告の右被告に対する不法行為に当り、右被告が蒙った精神上の苦痛について右被告は原告に対し損害の賠償を請求することができる。

(3)  そこで原告の消滅時効の抗弁につき判断する。まず太郎と原告との間の同棲生活関係がいつまで継続していたものであるかについて審究するに、≪証拠省略≫を総合すれば、太郎は昭和三五年頃、○○電器株式会社山梨工場長として山梨に転居したこと、及びその後一~二年は週末に上京して原告方を訪れていたがその後はあまり上京しなくなったこと、そして昭和三七~八年頃からは訴外丁村秋子と同棲生活に入り、昭和三九年一二月一日には右秋子との間に太郎の子である四郎が生まれたことが認められる。すると太郎と原告との同棲生活は、遅くとも、太郎と秋子との間に四郎が出生した昭和三九年一二月一日までには切れていたことが推認される。尤も≪証拠省略≫によれば、太郎が原告の家に昭和四四年末まで来ていた事実が認められるが、≪証拠省略≫によれば、太郎は本件土地の隣地に土地を所有し、そこに貸家を持っていたため、その家賃を受取りに来ていたものであることが認められる。そして、≪証拠省略≫によれば、被告春子は太郎と原告が肉体関係に陥り、ついで同棲生活関係に入ったこと、及びそのためこれによって自己が損害をうけたことを昭和二一年頃より継続して知っていたことが認められるから、太郎と原告との同棲生活関係がきれたと推認される昭和三九年一二月一日から三年経過した昭和四二年一二月一日には、右被告の原告に対する慰藉料請求権は時効により消滅したものといわねばならない。(被告乙山春子が右請求権を本訴の抗弁として主張したのは昭和四六年一二月一三日であり、また同請求権について乙事件を提起したのは、昭和四七年七月一〇日であることが本件各訴訟記録上明らかである。)すると被告乙山春子の原告に対する慰藉料請求権をもって原告の被告らに対する事務管理費用償還請求権と対当額で相殺する旨の抗弁、ならびに被告春子の原告に対する乙事件請求は何れも理由がない。

四  以上によれば、原告の被告らに対する本件土地についての所有権移転登記手続、ならびに法定相続分に従った事務管理費用合計二六一、七〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年六月二八日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める甲事件請求は理由があるからこれを認容し、被告乙山春子の乙事件請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一)

<以下省略>

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